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2013年1月

2013年1月10日 (木)

ビルを壊すと***が引っ越す

 先日、某市の建築紛争調整委員の委嘱を受けました。
 
 中高層のビルが建設されることにより、日照、通風などの悪化が予想されるときに、両当事者の話しを聞いて、妥当な解決案を提示する委員会なのですが、
 
 委嘱を受ける際、従前から委員をされている先輩弁護士から、ビルを解体する場合の思いもよらない話しを伺いました。
 
 ビル解体で一番問題となっているのは、アスベストですね。アスベストが使われていると、ビル全体を密封してアスベストが飛散しないように解体工事をするのだそうで、解体費用も大幅にアップすると聞いています。
 
 私が後見人として管理しているビルを解体するかどうか検討したことがありまして、もしアスベストが使われていたら、うろ覚えですが、解体費用が2倍になるみたいな話がありました。調査をしてもらったところ、アスベストは使用されておりませんでしたので助かりましたが、もし使われていたら、ビルの敷地を売却しても、そのほとんどが解体費用で飛んでしまうところでした。
 
 それはさておき、ビル解体の際の問題として、もう一つ問題があるのだそうです。
 
 それは、解体するビルに住み着いている ねずみ の駆除なのだそうです。
 
 駆除をせずに解体を始めると、住み着いていたねずみは近隣の建物に引越ししてしまうのだそうで、引っ越されたほうはたまりませんね。
 通常ねずみの駆除には30万円くらいかかるそうで、ビル解体前に駆除しておかないと、駆除費用を賠償しろという問題に発展してしまいます。
 
 すでに東京都では、ビル解体が届出られたさきには、解体前にねずみの駆除を行うよう指導する体制が整っているのだとか。
 
 いわれてみれぱそのとおりですが、思いもよらない問題でした。
 
 日照・通風・境界・騒音などの相談もお受けしています。
 
 初回の相談料は30分無料です。
 
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2013年1月 8日 (火)

路線バスで新潟??

お正月に見たテレビの話をもう一つ。

 
 テレビ東京で、路線バスを乗り継いで新宿から新潟まで行くという番組がありました。
 
 番組になるくらいですから、簡単に新潟まで行けるわけはないのですが、その大変さというのが、乗継の連続でしんどいばかりでなく、目的地の方向にまっすぐ向かう路線がなかなか無く、どのバスに乗れば目的地に近づけるのか皆目見当がつかないところにあります。
 
 番組でも、新宿から1日でたどり着けたのは、熊谷までで、しかも西に東に、右往左往しながら進んでおりました。
 
 私の子供のころは、池袋から大宮までの路線とか、浦和から熊谷までの路線がありました。
 現代にそんな長距離の路線はないでしょうが、池袋-戸田、戸田-浦和、浦和-大宮というように、細切れの形では残っているのではと思い、なんであんなに悪戦苦闘するのか疑問に思いましたが・・・・。
 
 調べてみると、確かに、バスでどこかへ行こうとしても、直接そこへ向かう路線がないのが一般的なんですね。
 
 浦和大宮間のバスを調べたのですが、両駅間を結ぶバスは皆無でした。
 10年くらい前までは、旧中山道を通るルート、国道17号を通るルートなど、複数のルートがあったのですが、それらがすべて廃止になっています。
 考えてみればあたりまえのことで、浦和から大宮へは、1時間に15本近い電車が運行されていますので、わざわざバスで大宮まで行く人などいません。
 
 首都圏のバスは最寄りの駅に向かうための交通手段というのが現代の位置づけのようです。
 
 経営という観点からいうとやむを得ない点もあるとは思いますが、それにしても、電車が止まってしまったら大変です。
 
 国際興業バスのホームページを見ておりましたら、パスの乗り換え案内がありました。
 国際興業バスは、東京都北部から埼玉県南部に路線をもつバス会社です。
 試しに、浦和から大宮までの乗り換え案内を検索してみると、
 思いもよらないルートを経由しますが、何とかたどり着けることが判りました。
 
 ついでに、池袋から大宮も検索してみると、やはり乗り継いでたどり着けることが判明。これは逆におどろきです。
 かといって、その所要時間からすると、仮にJRが止まってしまっても私は使いませんが・・・・
 
 浦和の新埼玉法律事務所に所属しています。
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2013年1月 7日 (月)

たばこを平気で吸っていた時代

一週間も経ってからでなんですが、平成25年になりました。

 今年は暦の関係で、今日から業務開始となりました。本年も宜しくお願い致します。
 
 元旦に、徹子の部屋の特番をやっていました。昭和のスターの収録をまとめたもので、それはなつかしくみておりましたが、すごい違和感を感じた場面もありました。
 
 それは、石原裕次郎さんの場面で、昭和52年ですから、いまから36年前の収録なんですが、
 
 裕次郎さんが、徹子さんの目の前で、たばこに火をつけ、スパスパ吸っていたのです。それも1本や2本でなく、間断なくという状態。
 
 裕次郎さんの名誉のためにいいますが、当時は、たばこを吸うのに周りの人間に断りを入れる必要はなく、むしろ「たばこをすわせていただきます」と断る方は丁寧な方だったと思います。
 
 しかし、今、そんなことをしたら、間違いなくにらみつけられますね。
 
 そのころ、大学の女性の後輩が嫌煙権バッジを自ら作って、こじんまりと嫌煙権運動をしておりましたが、30年あまりの時が経つうちに、社会に浸透したことになります。
 
 
 
 たばこの不快感の相談もお受けします。相談はこちら

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