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東北本線121レ ’76

ブログの容量が100MB近くになり、昔の記事を削除するか、容量アップするか、迷っていた。
削除する記事を整理するにも、一から勉強しないと整理の仕方もわからない。
容量アップは、一ヶ月あたり500円の出費増。
結局安易に容量アップとなった。
今度のMAXは、300MB。かなりの余裕がでた。

そこで、今回から在籍する編成のご紹介です。

第1号は、東北本線121レ
東北本線に旧客が残ってた頃をイメージした編成。

DSC01935DSC01933上野方から
マニ36-スユ42-
ナハフ10-スハ32-スハ33-オハ35(ノーシル・ノーヘッダー)-オハフ61-
オハフ33-オハ35(戦後型)-オハ35-スハ32-オハフ45
のはずだったが、普通車の順番は適当。普通列車だからまあいいか。

img092昭和50年ころ、東北本線には、上下3本の旧客の普通列車が運転されていた。
121レ郡山行き、123レ一ノ関行き、125レ福島行き

機関車は、EF58とEF57の共通運用。でもEF58の方が多かった。
ときには、写真の様に機関車回送のため、重連となることもあった。
それにしても下手な写真。予期せず重連できたので、あわててシャッターを切ったのだと思う。
当時は、57はともかく58などめずらしくもなかった。

東北本線の旧客鈍行には、よく、スハ33が連結されていた。
スハ33はスハ32のTR23台車をTR47に振り替えた形式。
優等車両を冷房化するにあたり自重の増加を抑えるため、スハ32のTR23を優等車両に、優等車両のTR47をスハ32に、それぞれ振り替えた。

DSC01930写真のEF57は、初回生産品。
KATOのEF57は、1979年はじめころの発売。
客車は、GMのキットとナカセイの完成品。
素組みのものから、車高を下げたもの、すこし改造したものなどいろいろ。
この編成に組込もうと思って組み立てた客車はわずか。
多くは、急行用に製作したもので、急行用にKATOの完成品を組込んだために、
ところてん式に押し出されて、この編成用になった。
まるで実物の様。

DSC01931
GM製のスハ32のドアを1箇所くり貫いて、開いた状態にしてみた。
こうするだけで、旧客らしくなってくる。

次回はJR化直後のころのワム列車の予定。

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コメント

 こん**は。

 旧客となると話は底なし沼となりますがちょこっと...。

 123レですが昭和48年ごろに大宮まで乗った記憶があります。カマはEF57ですが当時高校生にカマのデッキに乗られる事あったのでEF58に替えた話も聞きました。
客車ではいろいろな形式を製作されたようですね。私もKATOのオハ35の青からオハ36とかスハフ42からオハフ45とか製作したりしました。スハ32も奥が深いですね。ちょっとした改造で別形式となるのですからそこが面白い所であり、編成もメリハリが出てくるものです。私も18年ほど前に製作したGMのがありますがこちらは旭アサなんてインレタしたので北海道用です。(^^ゞ

深夜ですのでこの辺で...。

投稿: EF6480 | 2005年9月26日 (月) 午前 01時42分

EF6480さん、こんばんわ。

>旧客となると話は底なし沼となりますがちょこっと...。

中央線では、64の牽く長野行夜行に乗ったことがありました。新宿23:55発425レでしたっけ。

入線してきた列車を見てびっくり。
ほとんどがスハ32。たまに茶色のオハ35。
所属は西イイ、飯田町客貨車区。
東京のど真ん中の車両がこれかよって感じでしたが、せっかく並んで座れそうなのに、オハ35の方に行くこともできず、泣く泣くスハ32に乗りました。
今ではいい想いでですけどね。

 これで小淵沢まで行って、C56の復活運転を見て、帰りは小諸から上野行きの旧客でした。
 こちらは、ナハ10とかオハ47が結構入っていて、高崎までEF62、その後EF58という、今から思うと夢のような列車でした。


投稿: E231GREEN | 2005年9月26日 (月) 午後 10時31分

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