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昔の大宮駅

極東鉄道管理局さんの掲示板で、昭和50年代前半の大宮駅の再現が話題となっております。

昔のネガを探しましたら、かろうじて何枚か、昔の大宮の雰囲気が写っているものがありました。
いずれも昭和47年夏の光景です。

OMIYA016川越線ホームです。今の湘南新宿ラインの北行が発着するホームとなります。
現在の9番線から撮影したものです。9番線と川越線のホームの間に2本線路があります。
川越線のホームは11,12番線かと思ってましたが、間に2本あるということは、12,13番線かもしれません。
そうすると、今の湘南新宿ラインは、キハ35の停車している線路ではなくて、1本手前の線路を走り、キハがとまっている線路はホーム拡張のために廃止になったのかもしれません。
キハ35の車体と比べてもらえればお判りのとおり、昔は高さも低く、幅も狭いホームでした。
キハ35の向こうに見えるのは、朝だけ運転される旧客と思われます。
川越線旧客の牽引は9600が有名ですが、昭和47年当時となるとDE10あたりが牽いていたのかもしれません。

OMIYA018OMIYA013 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
6番線から上野に向けて発車した特急ときです。
でも見て欲しいのは、ホームの屋根の向こうに見える跨線橋です。
当時の大宮駅は、2本の跨線橋があり、写っているのは東京方のもの。
川越線のホームまで延びていますが、西口には至っていません。
その向こうに、ホーム上だけ飛び出ている屋根は、荷物のエレベーターです。
名前を忘れてしまいましたが、大きい駅では荷物車から降ろした荷物を小荷物扱い所に送る為の荷物用エレベーターがありました。
クハ181が写っている写真の方の右端に大きな屋根が見えますが、これが西口にあった小荷物扱い所のエレベーターの屋根と思われます。

OMIYA0154番線の宇都宮方の階段です。
現在も同じ位置にあります。
当時は跨線橋でしたが、新幹線の開業時にコンコースに取り込まれてしまいました。
こちらの跨線橋は、宇都宮方のものです。こちらのものは西口に通じていました。
跨線橋の向こうは大宮ステーションビル。
線路側は大変貌をとげましたが、東口のロータリー側の光景は今も当時とあまり変わっていません。
 
 
 
 


OMIYA017ステーションビルの線路側の壁面です。
関係ないですが、マイクロのクモユニ、もうすぐですね。


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コメント

昨今、お世話になっております。m(^^)m
いつもながらに貴重な画像、ありがとうございます。
この時代だと、僕も「へぇ〜、こうなっていたんだぁ」と云ってしまう部類に入ってしまいます。(苦笑)特に大宮駅には、新幹線開業以前は用事の無い場所であったし、こども料金にしても115系の「関所」(笑)があったのでなかなか足を延ばせられませんでした。・・・で、大宮駅の当時の思いでは、なぜか2色そぼろのとりめし¥500とゲソ天そば(食い物のことしか覚えがない・・・苦笑)ぐらいです。親の実家に行くときに、時刻表の駅弁欄(懐)に、大宮とりめし¥500とあり、高崎のとりめし¥600と比べて何が違うと買ってみると、2色のそぼろのみで、落ち込んだのが記憶に残っています。(恥)
・・・あのころ(80年代初頭)特急、急行、普通、貨物、どれをとっても日常で、細かい形式まで判らなかった年頃でもありましたから、そうなのかもしれません。そば食っていたら、「今、通過したの何だった?」「なんだ、あさまかぁ・・・」みたいな感じでしたから。(笑)当然駅(ホーム)自身はもっと無意識です。
かなり話題が脱線してしまってすみません。(^^;
そんなこんなで恐縮ですが、また何かあれば宜しくお願い致します。m(__)m

投稿: SEKKI | 2006年3月 5日 (日) 午後 05時47分

こんばんわ。

大宮のとりめし、覚えてますよ。
幸か不幸か、他のとりめしを知らなかったので、「とりめしというのはこういうものか」くらいの感覚でした。最近、セブンイレブンで似たようなお弁当が出てますが、照り焼きものってるんですね。
ぜいたくなとりめしだと感じてました。

駅そばは、8番線の高崎・宇都宮よりの跨線橋下ですか。ムサシ食品という大宮地元の会社が店をだしてました。
いかにも駅そばという味で好きでした。
最近は、あじさいばかりになってしまい、みんな同じ味ですが、昔は駅によって味がちがって、食べ比べの楽しみがありました。

>・・・あのころ(80年代初頭)特急、急行、普通、貨物、どれをとっても日常で、細かい形式まで判らなかった年頃でもありましたから、そうなのかもしれません。そば食っていたら、「今、通過したの何だった?」「なんだ、あさまかぁ・・・」みたいな感じでしたから。(笑)当然駅(ホーム)自身はもっと無意識です。

日常ありふれたものは、みんな無意識にみてるんですよね。
ところが、10年、20年と時間が経過すると、日常だったものが、日常ではなくなってきて、時すでに遅し。
今あたりまえのもの、言い換えると旬のものにカメラを向けて全盛期を記録したいものです。

投稿: e231green | 2006年3月 7日 (火) 午前 02時17分

はじめまして、
東北・高崎線が特急銀座として全盛だったころに大宮に生まれ育ち、北の新幹線ができる直前まで大宮に住んでた者ですが、まだ空が広かった頃の大宮駅のホームにいた各列車の写真を見てとても懐かしく感じました。
あの頃の大宮は東口は活気が満ちあふれ、埼玉県下一の商業都市としての面目が充分に果たしており、一方の西口は再開発計画前だったが故に三丁目の夕日みたいな雰囲気があり、いまのソニックシティ手前の鐘塚公園のとこにあった商工会館や現存する武蔵野銀行本店のビルが目立つくらいだった記憶があります。
ほんとに懐かしい貴重な写真拝見出来てありがとうございます。

投稿: 東ヲヲ | 2008年8月29日 (金) 午後 05時42分

東ヲヲ様、はじめまして。

新幹線開通前後で、大宮西口は本当に変わりましたね。
中学生のころ、商工会館で夏期講習があって、6階の窓から大宮に出入する列車もあきもせず見ていたの思い出します(勉強はどうした!)。
それから、商工会館の前を通って桜木町の交差点手前まで行くと、さくら模型という模型店がありました。
1970年代後半には店じまいしてしまいましたが、そこのおじさんに
  カツミの〇〇ありますか
と聞くと、
  それだけはない
と答えが返り、
  そいじゃ小高模型の〇〇は?
と聞くと、
  それだけはない
と答え、そんなやりとりがしばらく続いて、結局欲しい物が何も手に入らなかったことを思い出します。

おじさんにすれば、無い物ばかり聞くいやな中学生だったのでしょうね。

話が脱線しましたが、今後とも宜しくお願いいたします。

投稿: e231green | 2008年8月30日 (土) 午後 06時18分

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