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1M

昨日は、更新をさぼってしまいました。

ヒガハスを通る列車をデータベース化するため、’72年の時刻表からまずは特急列車の時刻をひろって入力しておりました。
時刻表どおりにヒガハスを通過する列車を走らせるための準備です。

そんな作業の中、列車番号1Mの停車駅と時刻を見まして、当時の国鉄の思い入れを感じました。

1Mの名は、特急はつかり3号 上野16:00→青森0:15 583系13連。
青森の到着時間は、この列車が北海道に向かう旅客を念頭においてのダイヤ設定であることを物語ります。
停車駅は、宇都宮、福島、仙台、盛岡。
県庁所在地のみの停車。
他の特急にはない、こだわりの停車駅。
他のはつかりやみちのくが、盛岡から普通車を自由席扱いとするのに対し、3号は青森まで全車指定席。
これも往時の北海道連絡急行の名残なのでしょう。

ちなみに、はつかり1,2号は21M,23Mを名乗っています。
3号を25Mにしなかったこと、そもそも1号が1Mでないことは、3号が特別の扱いを受けていることの証でしょう。

模型ではごくあたりまえの583ですが、歴史の重みある列車であることを感じつつ運転したいと思います。

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コメント

 こん**は。

 はつかり3号の1Mは古くからの北海道連絡のエースナンバーを引き継いだものですね。一時は表定速度が89km/hを越えてチャンピオンだった時代も懐かしいです。私は11M「みちのく」に乗った事あるのですが上野を出た時は空席があったのですが終着に近づくにつれ混んで来たのを覚えており、それも殆どが北海道への乗り継ぎでした。1Mも同様でしょう。
 昭和48年4月の事でしたが上りの2D~2Mである「おおぞら3号」「はつかり1号」が満席で12D~12M「北海」「みちのく」が辛うじて取れましたがそれほど当時は人気のあった列車だったと思います。RJで青い北海道「はつかり」と赤い東北「はつかり」なんて書かれた記事も見た事あります。でも晩年は485系でしたね。また赤帽も途中駅から乗車して青函連絡船や乗り継ぎ列車まで荷物を運んでいたのも懐かしい時代です。
 当時の北海道連絡列車は青函連絡船に合わせてダイヤを引いたようなものでしたね。余談ですが1Mだと深夜便となりますがその後はこの乗り継ぎは敬遠したもので下りは13M~3D、「ゆうづる、おおぞら」上りは「おおぞら、はくつる」6D~6Mを選択したものです。

投稿: EF6480 | 2006年6月11日 (日) 午後 11時54分

またまた遅レス失礼しました。
何度も北海道に行かれたのは、SL撮影ですか?

私は一度しか行けませんでした。
行きははつかり1号、帰りは12系の十和田でした。
北海道内はどこで何に乗ったのか・・・・

昔は1日がかりで目的地へ行くというのが当たり前でしたが、今では、朝から晩まで走って目的地に着く列車自体無くなってしまいました。

今から思うと、よくあんなに長い時間座っていられたものだと感心します。

投稿: e231green | 2006年6月16日 (金) 午後 06時50分

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