« カルチャーショック | トップページ | 485系の編成9 53.10改正以降 »

485系の編成8 長崎佐世保電化関連

 昭和50年ころまでは、新製により旅客需要に対応してきた485系でしたが、このころから、新製ばかりでなく、車両基地間の転属も盛んになってきました。

 そのひとつが、南福岡と仙台・青森間の転属です。長崎佐世保電化用に新製した車両のうち、クハ300番台と一部のサロは青森や仙台に配置し、青森の200番台を南福岡に転属させるものです。ところで、車両新製→クハ300番台・サロを青森・仙台に配属→クハ200番台を南福岡に転属というだけなら、移動の過程が明瞭なのですが、その経過はもっと複雑でした。

 その原因は、つばさの電車化です。昭和50年11月、奥羽南線が電化され、それまでキハ181系で運転されていたつばさが485系で運転されることになりました。しかし、つばさ用の485系1000番台は1976年2月ころの落成で、電化完成に間に合いませんでした。そこで、長崎佐世保電化用の車両を一旦秋田運転区に配属してつばさに充当しました。また、つばさ用の食堂車は製造せず、南福岡のにちりん用のサシをつばさ用に供出しました。そして、1000番台の落成をまって、長崎佐世保電化用の車両を南福岡に転属させました。

 以上を図式化しますと、次のとおりです(一部例外もあります)。
Keika19767

 かもめ・みどりは、初の併結特急で200番台が必要でしたし、みどりは4両編成でクロが必要でしたから、南福岡区にとっても、これらの車両は必要ではあったんですが、長崎佐世保電化用の新製車両が中古になって回ってきた感は否めませんね。九州の方々には大変お気の毒でした。

 さて、これらの転属の様子の再現には日付の入った記録が不可欠なのですが、鉄道ファンの「車両のうごき」では、記録の一部が欠落してしまっています。1976年1月号の「車両のうごき」におことわりとして485系の移動は次号に送りますとの記載があるのですが2月号以降にその記載がないのです。

 不完全ではありますが、記載のあった分は次のとおりです。
Zoubi197607

 長崎・佐世保電化完成後は、昭和53年10月改正前後まで、青森・仙台・秋田で移動はないようです。
 次の配置表は、昭和53年3月31日現在のものです。
Haichi197803

 これらの車両による編成と運用は次のとおりです。
 青森・仙台は昭和50年6月ころから変動がなく、秋田ではつばさ2往復を担当しました。
 秋田の編成はグリーン車が2号車でなく6号車であるのが特徴です。
 秋田には6編成も配置されながら、つばさ2往復しか担当していませんが、つばさの場合は2往復で4本の編成が必要だったためと思われます。
Henseiunyoh197803

続く

|

« カルチャーショック | トップページ | 485系の編成9 53.10改正以降 »

500 実車」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/95024/15204869

この記事へのトラックバック一覧です: 485系の編成8 長崎佐世保電化関連:

« カルチャーショック | トップページ | 485系の編成9 53.10改正以降 »