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115系 旧新潟色

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TOMIX 92271 115系旧新潟色です。

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先頭部の細いラインはヘッドライトにかかっていて、マスキングが難しい塗り分けです。
運転室後部の赤のロゴも手間がかかりそう。
にもかかわらず、これを美しく仕上げた方がいらっしゃいました。

私は、はなからあきらめておりましたが、TOMIXさんが製品化してくださいました。

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115系 T1022編成

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クハ115-1016
モハ114-1022
クモハ115-1017

この3連は新前橋電車区の115系ですが、上野口用ではなく、両毛、上越、吾妻、信越線用です。
115系が配置される前、両毛線は70系、その他は40系などの旧型国電で運用されていましたが、115系の投入で一気に淘汰されました。

ローカル運用ですが、この編成は新製時から冷房付
3連は18編成ありましたが、そのうち8編成が冷房車でした(1979年現在)。

長岡や松本の115系1000番台は全部非冷房でしたから、サービスの度合いに大きな差がありますね。

もっとも、上野口用の7連が入場の都合で足りなくなったりすると、4連+3連で7連のピンチヒッターになるということもありました。この辺がサービスの差かもしれません。

この編成は、当初からローカル用だったことが幸いして、115系が上野口から去った現在でも、高崎にあって両毛線などで活躍しています。

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115系 T306編成

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クハ115-310
モハ114-306
モハ115-306
クハ115-309

 115系300番台は、1973年に増備された115系で、冷房化、ヘッドライトのシールドビーム化、運転席側運転室の拡張などの変更が加えられました。
 一番大きな変更点は、クハの向きが固定されたこと。奇数向、偶数向のクハが登場したことが番台を区分した理由らしい。

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T306編成は、1973年新前橋電車区に新製配置。以後32年間上野口の輸送に携わり、2005年廃車となりました。

モデルはウインの塗装済みボディキット。
これにTOMIXの下回りを組み込みました。

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115系 Y111・112編成

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クハ115-228
モハ114-112
モハ115-126
サハ115-29
モハ114-111
モハ115-125
クハ115-227

サハをのぞく6両は、1970年6月新製配置。
サハは一足早く1967年の落成。
すでに上野口は15両化が始まっており、新製配置とともにサハを挟んで7連化されたのでしょう。

クハは0番台のラストナンバーとラストツー。
しかし、このあともモハの増備は続いて4連の編成を7連化していたようです。


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シャッター付きのタイフォン
最前部の箱型ベンチレータ。
その前にAW2笛のカバー
かなり精悍な面構えとなりました。

元の製品は、マイクロエースA4510。オーソドックスな7両編成のセットです。
これに銀河モデル、TAVASA、TOMIXのパーツでドレスアップしています。

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115系 T52編成

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クハ115-100
モハ114-52
モハ115-52
クハ115-99

T52編成は、1964年4月23日、新前橋電車区に新製配置されました。
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この編成のクハは、
 スリット式のタイフォン、
 雨どいは、客室部分のみならず乗員扉の上まで延長され、乗員扉の水切りは廃止されました。
 最前部のベンチレータは箱型でした。
 なお、このタイプ(クハ115-91~)の一部の車両(91,92,101,102,105~115,131~138)は助手席側の屋根の肩部分にAW2笛が設置されていました。
この編成も、終始上野口で活躍し、1990年7月13日、廃車となりました。

 模型は、マイクロエースA-4512に手を加えました。

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115系 T6編成

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クハ115-12
モハ114-6
モハ115-6
クハ115-11

 T6編成は、1963年2月13日、宇都宮機関区に配置された、115系の最初の新製車のうちの一本です。
 昭和50年代、若番車が山陽筋に転属する中、最後まで上野口で活躍しました。
 しかも、7連化や冷房改造により、多くが新製当時の編成が崩されていく中、T6は最後まで新製当時の姿を崩しませんでした。
 廃車は、1991年4月1日。最後はJRマークを付け、列車無線アンテナをつけていました。

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 T6編成のクハである11,12は、1~46のグループに属します。
 その特徴は、
 スリット型のタイフォンで、予備笛はなし。
 雨どいは客室部分のみにあり、乗務員扉の上は水切りを設置してあります。
 ベンチレータは、全て押込み型
といったところでした。

 模型は、マイクロエースA-4512
 製品もT6編成を製品化したものでした。

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115系 T1044編成

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クハ115-1034
サハ115-1007
モハ114-1044
クモハ115-1033

1984年ころ、全国的に普通列車が増発されました。
上野口では、30分に1本間隔であった昼間の普通列車が15分間隔となり、本数が倍増しました。
上越新幹線、東北新幹線が開業して、在来線特急が大幅に減少したので、普通列車を増発することが可能となったのです。

増発に必要な車両は、短編成化により捻出することになりました。
上野口では、11両編成を7両や8両編成とすることにより、その他の地区では、6両編成を4両とか3両編成にして、車両数は増やさずに列車本数を増加させるわけです。

ところが、地方のの6両編成は、

岡山などのTc-M-M’-M-M’-Tc

とか、

長岡のMc-M’-T-M-M’-Tc

という編成がありましたから、これを3両編成にするには、中間のTやMを先頭車化改造しなくてはなりません。

そこで、改造ができるだけ少数で済むように、車両基地間で車両のコンバートが行なわれました。

すなわち、新前橋や小山の7両編成には、サハ代用のクハをはさんだ編成がありましたから、このクハを地方に転出させて先頭車を確保し、それでも足りない数だけ改造しました。
中間の付随車は、長岡や三鷹のサハを転入させて確保しました。
また、M-M’編成も上野口にやってきました。

このため、転属後しばらくは、7両編成の中間にスカ色のサハが組込まれていたり、M-M’のみ非冷房だったりという編成が少なからず存在しました。

このT1044編成は、本来両毛線用の3両編成でしたが、長岡から転属してきたサハ115-1007を組込んで4両編成化して上野口に使用されたものです。

上野口の4両編成は、Tc-M-M’-Tcばかりでしたから、クモハを使用した4連は非常に珍しい例でした。


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115系 Y390編成

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クハ115-341(方転改造車)
モハ114-390
モハ115-364
クハ115-1506

 300番台の増備は、当初は上野口の増発のためでしたが、やがて地方(新潟・岡山・広島地区)の電車を新性能化する名目で行なわれるようになりました。といっても、新製車両が配置されるのは新前橋と小山で、そのかわりに0番台非冷房車が地方に転属して新性能化がなされるというからくりでした。

 直接上野口に投入されるのであれば、7両編成か4両編成で落成しますが、地方では6連の需要が多いようで、新製車は、Tc-M-M’-M-M’-T’cという編成でした。

 6連新製車が到着すると、非冷房の7両編成であるTc-M-M’-Tc-M-M’-TcからTcを1両抜いて6両編成として地方に転属させ、新製冷房車の中間に非冷房Tcをはさんで7連としました。

 また、小山電車区では、2本のTc-M-M’-TcからTcを2両抜いて、Tc-M-M’-M-M’-Tcの編成とし、新製車はTc-M-M’とM-M’-T’cに分割し、既存の4両編成から抜かれたTcを連結して4連2本と置き換えました。

このため、中間に0番台の挟まった7連、片方のクハだけ0番台の4連が数多く発生しました。
Henseigae

なお、新前橋電車区では、6両編成の新製車編成からM-M’を抜いて4両編成とし、抜かれたM-M’ユニットの両端に0番台クハを連結するという組成の仕方でした。

Y390編成は、1976年5月13日に東急車輛で落成したもので、
クハ115-389
モハ115-363
モハ114-389
モハ115-364
モハ114-390
クハ115-442
の6連で小山に到着し、
(鉄ピクの車暦表ではこのクハ115-442のみ5.3落成となっていますが鉄道ファン’76年10月号の車両の動きでは5.13落成と記載されています。)

クハ115-389
モハ115-363
モハ114-389
クハ115-46

クハ115-15
モハ115-364
モハ114-390
クハ115-442
の4連2本に組成されました。

一方、1976年5月20日付けで、
モハ114,115-8,23,25,36
クハ115-16,45,50,71
が小山から岡山に転属していますので、

クハ115-45
モハ115-23
モハ114-23
モハ115-8
モハ114-8
クハ115-16

の6連が新製車の代わりに岡山で活躍したものと思われます。

その後のY390編成ですが、
 1981年ころは、宇都宮方にクハ115-431、モハ115-405、モハ114-431を連結して7両編成として運用されていました。
 一方、クハ115-341は、製造時の編成から外れて、1000番台7連の中間に挟まれていました。この段階では奇数向先頭車です。
 その後の詳細は良く判りませんが、1984年ころの短編成化による先頭車不足のころ、サハ代用から脱却し、方転改造して、クハ115-442の代わりに上野方に連結されたようです。
 1991年に宇都宮方のクハ115-15が廃車となり、代わりにサハ115-1017を先頭車改造したクハ115-1506が連結され、モデルの編成となりました。

模型は、クハ115-341,モハ114-390,モハ115-364がグリーマックスのキット、クハ115-1506はKATOのクモハ115のルーバー印刷を消し、M車用の床下機器をTc用に交換しています。

グリーンマックスのキットは、私に技術力が無いうえに、キット自体も現在の水準からすれば今一つですので、遠くから見るのがやっとの出来です。もっぱら編成の中間に封じ込めて使用しています。

参考文献 鉄道ピクトリアル2009年7月号 鉄道ファン1976年10,11月号

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115系 T1113 T1114編成

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1990年代の上野口の115系
まだサボを使用している頃を念頭においています。

新前橋電車区と小山電車区の編成番号は、モハ114の車両番号を使って表しました。
Tで始まるのは新前橋、Yで始まるのは小山。
T1113は、新前橋所属のモハ115-1113が組み込まれた編成。
7連の場合は、モハ114が2両組み込まれるので、7連で1本の編成ですが、編成番号は2つ付いていました。


T1113,T1114編成は、上野方から
クハ115-1076
モハ114-1114
モハ115-1051
サハ115-1023
モハ114-1113
モハ115-1050
クハ115-1115
1978年9月9日落成。川崎重工製
新前橋電車区に配属されました。

モデルは、KATO製の115系1000番台。一応番号を変更してあります。

ところで、この編成ではトイレは、クハ115-1076にしかありません。
小山電車区では、この不便さを解消するため、1000番台7連が配属されると、サハを抜いて300番台7連のサハ(こちらはトイレがある。)と差し替える措置がとられたようです。
新前橋では新製時のままの整った編成が維持されました。

この編成、現在は、サハを抜いた6連となり、長野色をまとって中央線で活躍しています。

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今月の鉄道ピクトリアル

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115系の特集です。

中央東線の115系
よく乗った昭和50年代前半。
新宿から出る普通電車は115系300番台で、クモハ-モハ-クハ-サハ-サハ-クモハ-モハ-クハの8両編成。なぜか0番台は見なかった。

その理由がこの本を見て判りました。

115系ファン必見の本です。

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凸型電気機関車・貨物列車A

昨年発売になった凸型電気機関車セット。
第1弾の機関車があるので、パスしておりましたが、ぶどう色の車体に魅せられてしまいました。

動力化するにあたって床下のトラスに注意。
私は、動力ユニットをセットするときに、折ってしまいました。

動力ユニットはTM-03
パンタグラフはPS13

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カプラはKATOカプラーとしましたが、2軸貨車はKATOカプラーとしてしまうと左右の遊びが足りません。カーブで車体が浮きます。

本当は、国鉄の2軸貨車を何両か牽かせたいのですが、R140は厳しそうです。


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息切れ

保有車両のカタログみたいな記事をupしてきましたが、おとといで息切れ
鉄道ファンのバックナンバーを見返したりして記事を書くのですが、これが結構大変。

休みの日に書き溜めておいたのですが底をついてしまいました。

また、時間が出来たら書きたいと思います。

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GM115系 

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昔売っていたGMの115系キット
クハ-モハ-モハ-クハの一体型ボディキットにクモニ83の板状キットが一つの箱に入っているもの。
品番は413だったか。
ベンチレータだけ取り付けて放置状態でした。

先日のウイン115系がそこそこうまくいったので、引っ張り出してみましたが、窓ガラスはないし、アルミサッシは塗装で表現せねばならないし、
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パノラミックウインドウの形もおかしい。

一から作りこむ覚悟がないと、現代の製品のレベルにはなりませんね。

出してみるまでは、冷改車にしようとか、いろいろ思いはありましたが、労力の無駄遣いになりそう。

日の目を見ることはなさそうです。

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E233系 中央線

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 1981年から量産された201系は、車体の劣化を防止する工夫がなされておりましたが搭載する機器の劣化が目立つようになり(具体的内容については判りませんが・・・)、置換えが検討されました。その結果、2006年末に登場したのが、E233系でした。

 JR東日本では、2000年からE231系を登場させましたが、E233系では、制御・保安・補助電源を二重系統化し、主要機器の複数補完化して、故障に強い車両とすることとなりました。

 外観としては、E231系では4M6Tであったものが6M4Tとして電動車比率を上げ、モハE233 0番台、600番台に予備パンタグラフを載せて、万一使用中の全てのパンタグラフが破損しても、予備パンタを使用して、最寄り駅まで運転ができるようにしました。したがって、パンタは2つあっても、高尾方のパンタはたたんでいるのが正しい姿です。

 そのほか、10両編成では全車、分割編成では基本編成の各電動車を、それぞれ高圧母線で引き通して架線セクションでのトロリ線溶断を防止しているそうです。2007年6月に、さいたま新都心駅で溶断事故が起きましたがE233系であればこのような事故はなかったのでしょう。

 編成は中央線を中心に運用する貫通10連(42編成)、高尾以西や青梅線に乗り入れる6連+4連の分割10連(15編成)、青梅線、五日市線を中心に運用する6連(13編成)と4連(10編成)の合計688両が製造され、活躍を始めています。

参考文献 鉄道ファン2007年3月号

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201系 スカート付

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 1979年、新性能電車のパイオニア101系が取替時期にさしかかりました。その置換車両として開発されたのが201系電車でした。それまでの抵抗制御を脱し、省エネ効果のあるチョッパ制御方式を採用しました。
 種々の試験の後、1981年から量産車が製造されました。試作車では8M2Tであった電動車比率は、量産車では6M4Tとなり、編成も5連+5連から6連+4連に変更となりました。

 量産車の増備は順調に進みましたが、悪化する国鉄の財政を反映し、1984年製のモハ200,201-251~、クハ200,201-126から、装備が簡素化されました。外観上目立つのは、ナンバーが切り抜き文字からレタリングにかわったことです。

 1987年、特別快速の表示が、それまで長方形の板をぶら下げる方式から、サボ受け(10-371に付属するもの)に差し込む方式に変わりました。
 1992年、1号車と10号車の特別快速表示が電照式となりました。
 1993年、スカートが取り付けられ、中間車車端に転落防止ホロが取り付けられ、妻面の窓が塞がれました。
 2000年、高尾以西運用車のパンタグラフがシングルアームのPS35Cに変更となりました。

このモデルは上の区分で言いますと、1993~2000年の姿ということになります。

参考文献 鉄道ファン2007年2,3月号

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ウイン115系 5

本日模型店に行き、必要部品を仕入れてきました。
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一通り組み付けて完成させました。
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貫通幌はGM製をひだを一つ切り落としてとりつけましたが、まだ厚いようです。

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終わり

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115系 旧長野色・長野色

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 国鉄時代、松本・長野各運転所には80系その他の旧型国電が配属されて長野地区の普通列車を担当していました。1977年、これらの旧型国電を一掃すべく、115系1000番台が松本運転所に新製配置されました。
当初は、Mc-M’-M-M’-Tcの5連とMc-M’-Tcの3連の2種の編成がありましたが、1979年から始まった普通列車の大増発の際、5連のM-M’は小山・新前橋の各電車区に転属し、松本の115系は3連に統一されました。
 JR化後の1989年、長野地区の115,169系は、アイボーリー地に腰板部分を黄緑色、裾部分を赤色の新塗装とすることになり、順次塗り替えがなされましたが、長野オリンピックを控えた1994年、明るいグレーをベースに窓周りをパープル、その下にライトグリーンの帯をまいた、183系のイメージに類する新塗装に変更され、現在に至ります。

 2000年、小山電車区にE231系が新製配置されて、宇都宮線・高崎線から順次115系が引退しましたが、その一部は長野地区に転属し、湘南色から長野色に塗り替えられ、活躍を続けています。

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E257系あずさ・かいじ

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2001年~
平成13年、老朽化しつつあった183系、189系を置き換えて、より一層の快適性とサービスの向上を図るために製造されたE257系は、E653系、E751系のアルミ合金によるダブルスキン鋼体(溶接箇所が少なくなったり、車体の鋼性が向上するそうです。)とした基本構造に加えて、E231系で採用した列車情報管理システムを導入して編成の一括管理による制御指令を実現した(具体的にどういうことかわかってませんが・・・)形式だそうです。
車両の性格としては、速達性はE351系に譲り、快適さを主眼において、最高速度こそ130Km/hであるものの曲線通過速度は183系・189系と同じとしました。
列車は松本方の基本9連と東京方の付属2連を併結して11連で運行するほか、基本9連のみで運行する列車もあります。
基本編成は16本、付属編成は5本作られました。

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車両の外観は、雪をいただくアルプスの山々やりんごの花をイメージした白色を基調に、菱形模様を配し、これを春の花の桃色、夏の木の葉の碧色、秋の紅葉の黄色、冬の山々の青紫、八ヶ岳やアルプスの峰の銀色で表現して四季の彩りをあらわしました。
参考文献 鉄道ファン2001年8月号

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ウイン115系4

ウインの115系のヘッドライト、テールライトにレンズを取り付けました。
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使用したのは、銀河モデルのN-081,N-065番の各パーツ

テールライトは、何の加工もなくライトケースに収まりましたが、ヘッドライトの方は一旦1mmのドリルでライトケースをさらったあと、1.2mmドリルでライトケースの肉厚を薄くしました。
慎重に行なえば難しいことはないと思います。

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加工済車(右)と未加工車(左)。アーノルトカプラーは気にせずに、レンズだけ見ていただくと違いがお判りいただけるかと思います。
シールドビーム灯はライトケースの肉厚をこのくらいにしないと違和感がでてしまうのかもしれません。

天下のKATOの115系のライトがでかく見えるのは、大量生産品でライトケースを薄く出来ないことが大きく影響していると思います。

実際、薄くしたライトケースは直ちにレンズをはめこまないと、うっかりつぶしてしまいそうで恐ろしいです。

続く

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スーパーあずさ

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1993年~
平成5年、中央自動車道・長野自動車道は、豊科から長野まで開通しようとしており、高速バスとの競争はますます激化していました。価格面でバスに勝つことは困難なため、所要時間の短縮により競争力を確保すべく開発されたのが、振り子式で最高速度130K/mのE351系です。
編成は12両として輸送力を確保しつつ、大糸線への入線を考慮して、8両+4両の分割可能な構造としています。落成当初は、東京寄が基本編成、松本寄が付属編成でしたが、平成7年にこれを逆転して東京寄が付属編成となるよう編成を組み替えました。

基本、付属編成ともにそれぞれ5編成存在します。
車両の落成は平成5年暮れでしたが、当初は一般のあずさの運転時刻で「あずさ」号として運転され、スーパーあずさとして俊足を活かすようになったのは、平成6年12月からでした。
参考文献 鉄道ファン1994年3月号

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ウイン115系3

4月の終わり頃ご紹介したウインの115系。
床板をどうするか迷っていましたが、結局メーカー指定のTOMIX製を使うことにしました。
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先週の金曜の夜に注文して本日届きました。

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さすがメーカー指定。ボディにぴったりと収まりました。


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台車をつけて、今日の作業は終了。
スカートは別途購入の要あり。そのほか、パンタと貫通幌も別売でした。

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とりあえず、4両組み立てました。

今度模型店に行ったら、必要な部品を揃えようと思います。

続く

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あすざニューカラー中央色

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1992~2002年(あずさの運用から撤退した年です。)
1992年、グレードアップ編成に代わって登場した長野色です。

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グレードアップあずさ

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1987年~1994年ころ?
特急「あずさ」は、東京から甲府、松本方面への足として親しまれている列車ですが、1988年ころの中央東線は並行して走る中央自動車道が松本まで開通し、高速バスとの間で苦戦を強いられるようになってきていました。それまでJRでは、軌道の強化を含めたスピードアップや本数増でサービスを競ってきましたが、1987年12月、183系電車を内装・外装ともに一新させたグレードアップ車を登場させました。
編成は6M3Tの9連。
松本寄の指定席車6両が、シートの交換やシートピッチ拡大、グリーン車シートの3列化などのグレードアップがなされました。
新宿寄3両の自由席車についても、シートの張替えなどのアコモ改造が行なわれました。

当時の時刻表では、グレードアップ編成について特別な呼称は用いられず、「デラックス車両で運転します」と表記されていました。

グレードアップ編成は1990年に8編成まで増備されましたが、1992年7月には、グレードアップ編成を中央線色(フォギーグレーを基調にアルパインブルーとファンタジーバイオレットの帯)に塗装変更することになり、順次塗り替えられました。

参考文献 鉄道ファン 1988年3月号,1994年3月号

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パノラマエクスプレスアルプス

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1987年~2001年

1986年ころ、東京西鉄道管理局には和式列車、欧風列車の配置がなく、他局からの借り入れにより団体列車の運用をしていました。このため、自前の列車を持つべく改造されたのがパノラマエクスプレスアルプスです。
東京西鉄道管理局のメインラインである中央本線は、富士、奥秩父、南アルプス、八ヶ岳、美ヶ原、北アルプスなどの山々が次々に車窓に現れる風光明媚な路線です。そこで、これらの風景を車窓から満喫できるよう、編成前面に展望室をもった車両が求められました。
パノラマエクスプレスが電車になったのは、客車列車では先頭が機関車となって前方の展望はのぞめないからだそうです。
運用の都合から電車となった「なのはな」とは違った理由があったわけです。

種車は165系。クハを展望車とし、モロ-クモロの3両を背中合わせに連結して1編成とします。

クロの客室は、展望室に続いてラウンジ、一般客席とつづきます。一般客席の窓も縦方向に100mm拡大して、より良い眺望を実現しています。
モロの低屋根部分には3人がけソファーを向かい合わせに置いた個室を設置しています。

2001年までの14年間活躍した後は、富士急行電鉄に譲渡され、ふじさん特急として第二の人生を歩んでいます。

参考文献 鉄道ファン 1987年5月号

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EF58153のナンバーに転写シールを供出したので、シールが行方不明になる前に整備を済ませました。

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ヘッドマークをつけたDF50。写真でしか見たことがありませんでしたが、なかなかの美しさだと思います。

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なのはな

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1986~1998
和式電車の第1号として、1986年3月に落成しました。
それまで和式車両への改造は客車を種車として行なわれてきましたが、千葉局では、客車では運転上の制約が大きいので、電車を種車とすることになりました。
すなわち、
運転間隔の短い千葉、御茶ノ水、新宿ルートは速度の低い客車列車を運行できない
千葉鉄道管理局内に客車区がなく、保守に困難が伴う
千葉鉄道管理局内の9割以上が直流電化なので、電車にしても不都合が少ない
折り返しが簡単である
といった理由でした。

種車は165系で、中央線への入線に支障がないようM’車は800番台となっています。
室内は同じ頃に改造された江戸や安らぎと同様にサロン室が設けられました(モロのみ)。

他の和式車両と同様、編成には「なのはな」、各車には次のように花の愛称がつけられました。
1号車 クロ165-1   すみれ
2号車 モロ164-801 あやめ
3号車 クモロ165-1  きんせんか
4号車 クロ165-2   すいせん
5号車 モロ164-802 あじさい
6号車 クモロ165-2  ゆり

当初はヘッドライトが大型のままでしたが、1993年ころ前面強化対策のため、ステンレス番を貼り付けた際(いわゆる鉄仮面改造)、シールドビーム化されました。
そして、1998年、485系を改造したニューなのはなに後進を譲って引退しました。

大型ヘッドライトのモデルは宮沢模型限定品として製品化されましたが、今でも希少品です。
写真のモデルは、KATOが年に製品化したシールドビーム仕様となっています。

参考文献 鉄道ファン1986年5月号

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EF58小窓つらら切付5

2年以上放置していたEF58小窓つらら切り付を完成させることにしました。
きっかけは、EF58150のアッセイが出て、スノープロウがなく巾の広い台枠の先台車が流通したことです。

宇都宮のEF58は、スノープロウを装備しません。
つらら切り付の上越形は当然スノープロウ付ですので、スノープロウ無しの先台車を探したところ、青大将用の
台枠の狭いタイプのものを調達してしまい、それ以来放置状態だったのでした。

EF58150のカプラーはCSナックルカプラーというもので、アーノルトカプラー用のスプリングを使うようになっています。
これまでのゴハチのカプラーとは異なります。
しかし、主台車との接続方法は同じなので、カプラーを取り付け、握り棒を取り付けて完成しました。

問題は153号機のプレートです。
当初は、EF58157の7のみ削って、何かのプレートの3を移植しようとしましたが、あえなく失敗。

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DF50の転写シートに533号機のナンバーがありましたので、これを利用することにしました。
プラ成型の番号と転写シートの番号では浮き出し具合が違うのではないかとも思いましたが、転写シートの数字にもそれなりの厚みがあるので、問題ありませんでした。

もとのプレートの7の数字は、車体に取り付ける前に削り取り、これを車体に取り付けてから3を転写します。
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側面は何とかなったのですが、前面はどうしても転写できず、3の数字を台紙からはがして、カッターの先でプレートに載せました。
あまりきれいには出来ませんでしたが、例によって1m離れれば判りませんから、これでよしです。

あとは、パンタをジャーマングレーに塗って、上方からたっぷりつやけしのトップコートを吹きました。
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ふれあい

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1986年~1990年
品川局の81系シナ座は、「江戸」の登場により、水戸局に移籍しました。編成の愛称が「ふれあい」に、各車両の愛称が「筑波」「大洗」「屋久慈」「五浦」「勿来」「相馬」にそれぞれ改められました。

しばらくは、青に白帯2本のシナ座のいでたちで活躍しましたが、1989年、モデルのようにぶどう色と淡緑帯に塗り替えられました。EF58 89との組み合わせは秀逸でしたが、老朽化著しく、翌1990年7月のさよなら運転を最後に廃車となりました。

参考文献 鉄道ファン1986年7月号


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やすらぎ

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1986年~2001年

バブル景気のはじまった1986年ころは、団体旅客輸送も活況で、お座敷列車の需要は特に大きなものがありました。高崎客車区にはすでに「くつろぎ」が配置されていましたが、旺盛な需要に応えるため、2編成目のお座敷客車を改造することになりました。
1983年改造のくつろぎは談話室があるものの、座席を畳敷きにする改造に過ぎませんでしたが、1986年までの間にサロンエクスプレス東京などの豪華な設備を擁したジョイフルトレインが登場し、お座敷客車においてもこれらの設備もあわせて改造されました。
種車は12系で、編成の両端には展望室を設け、中間車には独立の洋室を設けて、品川客車区の江戸とは一線を画しました。
各車の名称は、くつろぎの「山」に対し、「川」のものがつけられ、
1号車 スロフ12827 神流
2号車 オロ12853  荒川
3号車 オロ12854  利根
4号車 オロ12855  吾妻
5号車 オロ12856  渡良瀬
6号車 スロフ12828 碓氷
となりました。

参考文献 1986年7月号

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江戸

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1986年~2000年

品川客車区に配置されたスロ81系が好評だったので、より高いサービスを供給すべく製造れました。
車両は12系の難燃化対策車を種車とし、単なる畳敷きの客車ではなく、サロンエクスプレス東京同様の展望室を編成の両端に配し、中間各車にもカーペット敷きにソファーを設置した談話室を設けています。
編成は江戸と命名され、各車にも次のような名称がつけられました。
1号車 スロフ12825 鳥越
2号車 オロ12849  湯島
3号車 オロ12850  深川
4号車 オロ12851  花川戸
5号車 オロ12852  向島
6号車 スロフ12826 柴又

参考文献 鉄道ファン 1986年5月号

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くつろぎ

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くつろぎ 1983年~1999年

 「くつろぎ」は、12系急行形客車をベースに内外装に改造を加え、1983(昭和58)年に登場したお座敷列車編成です。各車両に「赤城」「榛名」など、北関東の由緒ある山々の名が個別に与えられた同編成は、高崎運転区(旧高崎客車区)に所属していたことから、ファンの間では「タカ座」の別名でも親しまれ、群馬県を中心とした各線で活躍しました。
 デビュー当初は、改造前と同じ青色が車体色に用いられ、種車の面影を色濃くしていた「くつろぎ」ですが、1987(昭和62)年には茶色を貴重とした塗色に改められ、専用牽引機として同系統の塗色に変更されたEF641000形電気機関車とともに話題を呼びました。
同様の車両としては比較的長い、約16年という期間にわたって活躍した「くつろぎ」は、1999(平成11)年に後進に道を譲って引退。現在は「碓氷峠鉄道文化むら」に居を移し、他の保存車両とともに余生を送っています(製品の取扱説明書から引用)。

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オク座~なごやか

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なごやか1981年~1997年
1980年に増備されたシナ座が好評なため、東京北局にもお座敷客車を増備することになりました。
今回から種車は12系となりました。外観的には、二つある出入台の一つを閉鎖してバックサインをつけた程で、当初はシナ座に対してオク座と呼ばれました。
のちに12系オリジナルの塗装の上に185系のような斜めのストライプ(白帯に赤線)を配し、1988年になごやかと命名されました。
1992年、写真の青と白にコマのイラストが施され、1997年まで活躍しました。
参考文献 鉄道ファン 1981年6月号

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スロ81系シナ座

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1980年~1986年

ジョイフルトレインの元祖は、盛岡局で3軸ボギー客車を畳敷きに改造したスハ88という客車です。
その後、昭和44年頃から、団体旅行用にお座敷客車が改造されるようになりました。
スロ62,スロフ62を改造したスロ81系です。
スロ81系は、昭和53年までに、全国に6編成作られましたが、首都圏に配置はなく、お座敷客車の企画に制約があったので、これを解消すべく品川客車区に配置されたのが、KATOから発売されているお座敷客車です。

先行の6編成の外観はスロ62とほとんど変わらず、窓に障子が見える程度の違いしかありませんでしたが、シナ座は、青15号の車体、腰板部分にクリーム10号の帯2本、バックサイン設置など、一歩進んだお座敷客車となりました。

1986年に12系改造の江戸が落成により、品川区での活躍を終えましたが、水戸局に転じて「ふれあい」として活躍しました。

参考文献 鉄道ファン 1980年8月号

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ユーロライナー

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ユーロライナー 1985年8月~2005年
サロンエクスプレス東京、サロンカーなにわに続く、3編成目の欧風客車。
名古屋局で、12系を種車として改造されました。
編成は、両端に展望車、中間にラウンジカー、残りは個室車となっています。
個室車には、4人室と6人室があり、いずれにも、引き出し式の簡易ベットが備え付けてあって、寝台車としても利用できました。

参考文献 鉄道ファン1985年11月号

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スーパーエクスプレスレインボー

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スーパーエクスプレスレインボー1987年3月~2000年3月
 国鉄民営化を翌月に控えた1987年3月、ジョイフルとレインの集大成として登場。
2号車、6号車はオープンタイプ、3号車、5号車は個室タイプのグリーン室となっており、中間の4号車にイベント車を挟んでいます。
団体列車から臨時列車までいろいろな使い方ができました。

参考文献 鉄道ファン1987年6月号 

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サロンエクスプレス東京

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 サロンエクスプレス東京 1983年~1997年
 旅客ニーズの多様化・高度化に応え、鉄道旅行の新しい楽しみを作り出すことにより増収を図ろうと発案されました。それまでのお座敷列車に対し、コンパートメント中心の車両は欧風列車と呼ばれ、ファンの間では「シナサロ」(品川区のサロンカー)が愛称でした。
 スロフ14701-オロ14701~705-スロフ14702
 平成8年1月、オロ14702をのぞく6両がお座敷客車に再改造され、「ゆとり」となりました。

 ゆとりも、もう引退してしまいましたね。


参考文献 鉄道ファン1983年11月号 1997年4月号

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