中央線’79

201系は1979年に試作車が登場。省エネ電車のヘッドマークを付けて走っていました。
量産車が出場したのは、1981年。これにより101系が淘汰されました。

103系は中央線では少数派でしょうか。
101系が大量増備され、その代替に201系が集中配置された中央線では、103系はメインの系列とはなりませんでしたが、70年代後半からの冷房化推進の流れの中で、老朽化した101系を冷房化する代わりに、103系冷房車が配置されていきました。
したがって、オリジナルの1灯車はあまり見かけなかったように思います。
その代わりに、関東ではめずらしい低窓2灯のクハ103がおりましたし、その後の設計変更で高窓のクハ103も走りました。これは、京浜東北や山手のATC準備車にATC機器を載せるかわりに、機器付のクハを新製し、機器なしのクハをATCの必要ない中央線に転属させたものと思われます。

特快運用の101系と快速運用の101系。
101系も70年代後半になると見劣りがするようになり、特快運用はあまりなかったかもしれません。

中央東線の急行といえばアルプス。先頭車は、70年代後半にはシールドビーム改造されていました。

また、付属編成の4連が、クハ-クハ-モハ-クモハとクハが2両続くのが特徴でした。付属4連はこまがね号として、飯田線に乗り入れる運用もありました。

基本編成はサハシ-サロ-サロを挟んだ豪華編成。サハシの代わりにサハ164を連結した編成もありました。
末期にはビュッフェは営業していませんでしたが、急行華やかしころの編成です。

特急あずさは、幕張の183系0番台と長野の189系が担当。183系1000番台が活躍するのは上越新幹線開通後からです。

このころは、115系の長距離普通列車が新宿まで乗り入れてました。もっとも70年代後半には冷房付の300番台が増備され、0番台非冷房車は、70系に代わってローカル運用に就いていたと思います。
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